古代エジプトの終末再生思想

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アカデメイア・幾何学とフリーメイソンの関係
プラトン・アカデメイア・幾何学知らぬもの、くぐるべからず
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古代文明(3)
古代の人々の死生観

古代の人々の死生観は生と死の境はあいまいで、
肉体が死んでも関係性はそのまま続くという価値観であった。

死後の生である。

この来世・復活信仰がミイラ作りに密接に結びつき、
古代エジプトではミイラ作りが盛んな時代があった。
それは、死後における別の形での生命(霊魂)が永続するという概念であり、
そのために、肉体的生命の存続を希求した。

霊魂の復活に「肉体の甦(よみがえ)り」が必要だったと信じていたからである。

人工的ミイラ形成は、腐敗菌による有機物の分解が進むため、
死後、内臓や脳は最初に死体から取り出して、その後、防腐処置を施す。

古代エジプトではすでに紀元前3500-3200年ごろには
人工的な遺体の保存ができていた痕跡がある。

古代エジプトのミイラ製作
内臓を摘出したあとの死体を70昼夜にわたって天然炭酸ナトリウム(ナトロン)に浸し、それから取り出したあと、布で幾重にも巻いて完成させる方法でミイラが作成された。包帯を巻いたミイラのイメージは、この古代エジプトのミイラ作成に由来する。理性の場であると信じられていた心臓を除いた胸部と腹部の臓器や組織は下腹部の切開によってすべて取り出され、脳の組織は鼻孔から挿入した鉤状の器具によってかき出された。取り出された他の臓器は「カノプス壺」と呼ばれる壷に入れられて保管された。(ウィキペディアより)

遺体の処理、葬儀やミイラ製作は、オシリスの神話にもとづいて行われ、
ミイラづくりの神様「アヌビス」が担当した。
アヌビスの身体が黒く描かれているのはミイラの防腐処理のために
遺体にタールを塗りこんだからである。

そして遺体から取り出された臓器は壺に入れられて保管されたが、
人体生薬としても研究された。
もちろん、沢山の遺体を外科的施術することによって
アヌビス役は外科医としての才能も発揮することになる。

また、ミイラ製作だけでなく葬儀やミイラを入れる棺や
ピラミッドの内部設計なども担当した。

このアヌビス役はエジプト入りしたフルリ人の仕事であった。

フルリ人はもともと古代オリエントで活動した体格の良い人たちだ。
紀元前25世紀頃から記録に登場しているが、
故郷はコーカサス山脈で、北方から移住してきたと考えられている。

フルリ人
現在知られている彼らの根拠地はスバル(Subar・アッシリアの北部)の地であり、ハブール川流域や後には北メソポタミアと歴史的シリアのいたるところで小国を形成した。フルリ人達が建てた国の中で最も大きく、有力であったのはミタンニ王国であった。
(ウィキペディアより)

フルリ人は北メソポタミアやその周辺の地域に
他の集団に同化する住居スタイルで居住していたが、
いくつか高度な都市国家を形成した形跡がある。
ヒッタイトにはフリル人は宗教的にも技術的にも影響を与えた。

紀元前1500年頃、フルリ人王朝最初の王がメソポタミア北部の
ハブル川上流域を中心にミタンニ王国を創設した。

ミタンニ王国は多民族社会で戦士階級に支配される封建的国家であり、
徐々に拡大し一時期、古代オリエントで最も強力な国となった。

また、ミタンニ王国は周囲の国との間で政略結婚を繰り返した。
エジプトにも王妃を送っている。(宗教融合)

フルリ語の文書史料としては最長のものとしてアマルナ文書がある。

たぶん体格よく、性格的にも傭兵向きだったのだろう。
また高い冶金術や戦場における馬と戦車(chariot)を導入していたため、
フルリ人は馬の使用と密接に関係していた。(馬の調教師など)

そしてこのフルリ人が雇われ傭兵としてエジプトに入ってきた。
たぶん、先にエジプト入りしたイシヤが呼んだのかもしれない。
彼らは傭兵、馬の調教師、冶金といったバラエティーににとんだ才能があり、
農耕以外の職能集団であったことであろう。

このイシヤ以外の有能な文化人であったフルリ人をイシヤたちが
自分たちと区別?または対比させるためにか?「タカス」と呼んだらしい。

そしてこのタカスは現在世界に散らばっているが、日本にも渡来している。
落合莞爾:國體忍者となったタカス族とアヤタチ(落合・吉薗秘史5)

フルリ人は古代オリエントの宗教観をエジプトで融合させただろうが
巨大な宮殿や神殿の建設を発達させ、生薬や外科的技術も獲得する。

もちろん、イシヤやタカスの末裔の一部はエジプトに残ったかもしれないが
ピラミッドが以前のように作れなくなり、
クフ王時代以降はピラミッドも劣化が激しいところを見ると、
こうした高い建設技術を持った技術者、設計者がエジプトにとどまらず、
移動したと考えたほうが妥当である。

この技術が機密扱いされ、のちにギリシャやローマで活躍することになる。
近代フリーメイソンの儀式ではこの名残を見ることができる。

次回へ続く。

1 個のコメント

  • AI より:

    日ユ同祖論といったユダヤ史観者はこのタカス族を知らないために
    日本に渡来した渡来人=ユダヤ十支族と考えがちである。
    もちろん北イスラエルの末裔が渡来してきていることは事実だが、
    このタカス族なしには日本史、世界史は語れない。
    巷に流れるユダヤ史観の誤解を解くために、
    日ユ同祖論崇拝者から嫌がられても、のちに日ユ同祖論にも触れることにする。
    読者が減っても構わない。国民はプロパガンダではなく真の歴史を知る必要性がある。

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