プレートテクトニクス

地球の内部構造は、地震計と地震学の進歩によってだいぶ詳しくわかってきました。

地球の表面は十数枚の硬いプレートに覆われ、プレートは相互に移動し、
地震や火山などの活動はそのプレートの境界で起きています。

とくに海においては、こうした場所は火山のホットスポットをのぞいては、
海溝と海嶺であることもわかってきました。

こうしたことから、1960年代後半に複数の地球科学者から
プレートテクトニクスという概念が生み出されました。
プレート同士の相互作用が、地震・火山という現象を引き起こしているという説です。

日本はユーラシアプレート、北米プレートの上に乗っていて、
太平洋プレート、フィリピンプレートに押されています。
また、三つのプレートが1点で接する三重点(トリプルジャンクション)も2つあり、
日本は複雑な地質活動を行う地域であることがわかります。

また、プレートの境界のタイプには、
互いに離れていく(広がっていく)境界、衝突している境界、すれ違っている境界、
という3つの種類があり、プレートが移動すると地殻も移動するため、
大陸は移動し、相互の位置関係が変わったりします。
そして、プレートが互いに離れていく境界の上に大陸が乗っていればその大陸は分裂するし、
衝突している境界では大陸(陸塊)同士の衝突が起こることもあります。

次に「大陸移動説」です。
これは、大陸は地球表面上を移動ながら、その位置や形状を変えるという説で、
ドイツの気象学者アルフレート・ヴェーゲナーが 1912 年に提唱しました。

当時は、離れた陸を結ぶ陸橋(現在の南北アメリカ大陸を結んでいるパナマ地峡の様なイメージ)
があったのだと考えられていました。
しかしウェゲナーは、大陸と海洋は地殻の構造が根本的に違う、
つまり分厚い地殻が突然に消滅することないと反論しました。

ウェゲナーの大陸移動は、かつて一つだった超大陸パンゲアが、2億年以上前から分裂を始め、
まず北のローラシア大陸と南のゴンドワナ大陸がわかれ、その間にチチス海ができ、
さらに大陸は分裂移動して、現在の姿になったという説です。

また南北アメリカ大陸が西に進むときに抵抗を受けて
前面が盛り上がったのがロッキー~アンデス山脈であり、
インドとローラシアとの衝突でできたのが、ヒマラヤ山脈とチベット高原であると、
造山運動も説明しました。
実際にヒマラヤ山脈の地層からは、海の生物の化石が出てくるそうです。

この小規模な例が、かつて島だった丹沢や伊豆半島と本州の衝突です。
この衝突の結果、丹沢や南アルプスが激しく隆起しました。

ウェゲナーの大陸移動説は、
当時の常識である「大陸は不動である」という既成概念を打ち破れなかったことと、
大陸を動かす原動力を説明することができないことを根拠に、
学会の主流からは受け入れられませんでした。

彼のプレートテクトニクス理論が復活するのは、第2次世界大戦後の海洋科学の進歩、
さらには1950年代から始まった超高感度磁力計を用いた古地磁気学の発展後になります。
地球に関するデータが集積したきた結果、彼の説は「海洋底拡大説」という
別の形でよみがえったのです。

では、プレートを動かす力はいったい何なのでしょう?

一番有力な説は、潜り込むプレートがその重さで残りの部分を引っ張っているというもので、
あたかも少しテーブルからずれて一部が垂れたテーブルクロスが、
自分の重さで残りを引っ張って全部がずり落ちてしまうというイメージなので、
テーブルクロス説とも言います。

大陸移動説から海洋底拡大説へ

海洋底拡大説とは、中央海嶺でマントル対流がわきあがり、そこで新しい海洋底が形成され、
その新しくできた海洋底はマントル対流に乗って海嶺の両側に移動していき、
マントル対流が沈み込むところで海洋底も消滅するというものである。
このマントル対流が、いわばベルトコンベアのベルトのように、上に載せているものを運んでいる
(ので上に乗っている大陸も移動する)というイメージであり、ベルトコンベア説ともいう。

そして、1965年のウィルソンのトランスフォーム断層という概念の提出、
1967年ころから複数の地球物理学者によりプレートという概念が提出され、
今日のプレートテクトニクスにつながっていきます。

また、いつから現在のようなプレートテクトニクスが始まったかは議論があると思いますが、
地質学的証拠としてはグリーンランドのイスア岩体で、
プレートの沈み込みを示す38億年前の付加体構造が見つかっているので、
すでにそのころには海嶺でのプレートの生産、海溝でのプレートの沈み込みと
付加体の形成があったと思われます。