霞ヶ関官僚マジック

「維新の会」の橋下氏は、実はシンクタンクを持った日本で初めての政治家です。

「シンクタンク」とは、情報を分析する専門頭脳集団のことで、
橋下氏はこのシンクタンクを連れて「箱根越え」をするつもりなのです。

「箱根越え」とは、箱根は日本の東側と西側の障害とされることから、
東国(関東)を攻めるという意味で使われる言葉です。

しかし、霞ヶ関の官僚は、橋下氏に箱根越えをされたら非常に困ります。
なぜなら、自分たちの権力が行使できなくなるのはおろか、
官僚としての存続だって危うくあるからです。

霞ヶ関の官僚たちが使う「霞ヶ関文学」というものがありますが、
これは、法案や公文書作成における官僚特有の作文技術を揶揄したもので、
文章表現を微妙に書き換えることで、別の意味に解釈できる余地を残したり、
中身を骨抜きにするなどを狙った言葉の使い方で、
この「言葉」を通じて霞ヶ関の官僚は政治をコントロールしているのです。

例えば、特殊な用語の挿入や「て・に・を・は」一つ、
それから、句読点の打ち方一つで、法律の意味をガラリと変えてしまうことも可能で、
若手の官僚は、入省後約 10 年かけてこのノウハウを徹底的に叩きこまれると言います。
そして、この手法は、あまりにも独特なものであるため、
政治家でも見抜けないものが多いとも言われています。

例えば、「民営化」という言葉を例にすると、
「完全民営化」と「完全に民営化」とでは、霞ヶ関文学では全く別のことを意味し、

「完全民営化」は、株式と経営が民間企業に譲渡される、文字通りの民営化を指し、

「完全に民営化」は、法律上 3 パターンほどある民営化のどれか一つを
「完全」に実現すれば良いという意味になるのです。

つまり、「完全に民営化」では、
政府の関与が残る民間法人化や特殊法人化でも良いことになる、というのです。
しかも霞ヶ関では、それが、こじつけ等ではなく、ごく当たり前だと言います。

上記のように、「に」の一文字を付け加えるだけで、意味がガラリと変わるのです。

他にも、全く同じ文章でも、句読点を打つ場所を変えることで意味が変わったり、
単語の後に「等」をつけることで、事実上何でも入れられるようにしてしまうのです。

この「霞ヶ関文学」は、それを熟知した官僚か元官僚にしか見破ることができず、
そうしたノウハウを熟知した上で官僚を使いこなせる閣僚がいない為、
官僚に取り込まれて、間違った政治主導になっているのです。

要するに官僚の言葉で書いてある、どうにでも解釈できる内容の文書が「霞ヶ関文学」であり、
この手法を使い、裏で閣僚を操っているのが霞ヶ関の官僚なのです。

だから霞ヶ関の官僚機構を解体しなければ、絶対に改革は行えないのです。
官僚と天下りシステム についても官僚のことを紹介していますので参考にしてくだい。

政治家は「改革します・改革します」と散々国民に言っておきながら、
なかなか改革なんて出来ませんよね。

これは、霞ヶ関の官僚が、急に改革を行うと、それについてこれない人がいるので、
そうした人のために一応、「玉虫色」で行います・・・といった旨を政治家に伝え、
改革出来なように邪魔しているからです。

「玉虫色」とは、文字通り、見方によって様々な色に受け取れる曖昧な表現のことで、
そのうちの一つでもある「霞ヶ関文学」は、先ほどご紹介した通りです。

「玉虫色」は、ゼノンのパラドックスの一つ「アキレスと亀」の法則と似たようなもので、
同法則は次のようなものです。

あるところに「アキレス」と「亀」がいました。
2 人は徒競走をすることになりましたが、アキレスの方が足が速いので、
亀がハンデをもらいます。

アキレスのスタート地点の 100m先を亀のスタート地点でとします。
2 人は一緒にスタート。

アキレスが 100m進んだとき、亀はその間 10m 先に進んでいるとします。
アキレウスはこの時点で、まだ亀に追いついていません。
さらに 10m 進んだ時、亀は先に進んでいますので、この時点でもアキレスは追いついていません。

同じように繰り返えしても、アキレスはずっと亀に追いつけないのです。

足の速いアキレスなのに、計算上、なぜか、
のろまな亀に絶対に追いつくことができないのです。

 

これが「アキレスと亀」の法則ですが、現実的には直ぐに追いつくはずなのに、
計算上においては、なぜこのようなことが起こるのでしょうか?

この種を明かせばこうです。

例えば、アキレウスが 100m を 9 秒で走るとすると、次の 10m で 0.9 秒です。

そして、その次の 1m で 0.09 秒・・・次の 10 ㎝で 0.009 秒・・・
次の1㎜で 0.0009 秒・・・・・・と、無限に時間を分割するだけで、
永遠に追いつかないように見えているだけなのです。
要するに、こうやって数字で割って行くと絶対に割り切れません。

「数字は絶対に嘘をつかない」と言いますが、このように時々嘘をついてしまいます。

だから玉虫色で改革をしようとしても、絶対に無理なのです。

霞ヶ関の官僚は、このような手法で政治家を背後で上手い具合にコントロールし、
改革が出来ないようにしているのです。だから現に、未だに改革はできませんよね。
これが官僚マジックです。

ところが、橋下氏は霞ヶ関の官僚機構を解体しようとしています。

要らないものは何でもバッサ、バッサ切ってしまう政治家だから、
霞ヶ関の官僚たちは橋下氏が箱根越えすることが脅威なのです。

だから「維新の会」に箱根を越えさせまいと、彼の発言を取り上げて問題にしたり、
個人問題まで取り上げて、責め立ているのです。

ところで、かつての民主党政権時代、野田首相は消費税増税に急いでいました。
それがなぜか、ご存知でしょうか?

実はこの消費税増税にも、霞ヶ関の官僚が絡んでいるからです。

野田首相の背後にも当然、霞ヶ関の官僚や財務省の存在があり、
「維新の会」が国政に参加する前に決定してしまえ、ということになったのです。
なぜなら、「維新の会」は消費税を地方に回せと言ったからです。

これは、「道州制」にも関わることで、地方が自分たちの責任において、
そのカネをどうするかを決定する・・・
そして、それは地方の住民たちが決定する、ということだからです。

「道州制」は、国から各道州へ様々な権限、財源等を移管するこで、
これを行えば、地域の活性化、地方の経済再生、
現行より適切な競争原理による日本全体の景気回復が期待できます。

ところが、それを行うと霞ヶ関は必要なくなってしまいます。

だから「維新の会」・「橋下徹」という存在が霞ヶ関は恐いのです。

そもそも、霞ヶ関に一度集めたカネを配る時に官僚に「利権」が発生するのです。

橋下氏は、参議院議員は排除し、二院制から一院制にしたいと考えています。
おまけに、自民党も半数に減らしたいと考えているようです。

日本はこんな小さな島国なのに、
米国の 2 倍近くの国会議員がいることをご存知でしょうか?

橋下氏の考えているとおり、この国に、そんなに議員の数は要りません。
税金の無駄使いです。

しかし、橋下氏がそれをやろうとすると、
「国民一人一人の意見が汲み取れない」などと言って、
既存の国会議員たちは、それに反対しますが、
そもそも現時点で国民の意見なんて全く汲み取ってなんかいないのです。

だいたい、国民の意見を汲み取るのは、地方議員です。

国会議員の本来の仕事は「国政」です。

国政は、国際問題・・・すなわち外交を行う事が国会議員のメインの仕事なのです。

なのに、地方議員がやるべきことにイチイチ首を突っ込み、
地方議員の仕事を国会議員がやっているのです。

国自体をどうするか、という根本原理があるのに、その事はほったらかしで、
無駄なことばかりやっているのが国会議員で、
そんなのばかりだから日本という国がこのように落ちぶれてしまうのは当然です。
日本がこのような状態だから「維新の会」は、第三局になろうとしているのです。